まずは、「前段」。
平安時代の人々は、「はひふへほ」を「ぱぴぷぺぽ」と発音していたといわれています。つまり、昔の日本では、「ハ行」は「パ行」だったわけです。
たとえば、「母」は、現代では「ハハ」と発音しますが、古代の日本では、「パパ」と発音していたわけです。
また、「はひふへほ」は、安土桃山時代ごろには、「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」に近い発音に変化していたことがわかっています。
たとえば、当時の人々は、「日本」を「ニフォン」、平戸を「フィラド」と発音していました。
日本語には、「ぱぴぷぺぽ」→「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」→「はひふへほ」という発音の変化があったわけです。
では、「本題」に入りましょう。
前回の記事で、漢字には、本来、末尾に[k]や[t]の発音を持つものがあったことを紹介しました。
実は、「末尾の子音」には、もう一種類あるのです。
[p]です。
古代中国語には、末尾が[k]・[t]、そして[p]の発音となっている漢字が存在していたのだということになります。
これらを合わせて、「入声」と呼びます。
(「入声」は「ニッショウ」とも、「ニュウセイ」とも読みます。)
「入声」は、現代中国語の標準語(普通語)、いわゆる「北京語」には、存在しません。
モンゴル人の支配を受けた元代までに、華北(中国北部)の口語は大きく変質したといわれています。
一方、南方の「方言」には、古代の発音体系の一部が残存しています。
たとえば、香港などで使われている「広東語」には、語末の[k]・[t]・[p]の発音が見られます。同じように、日本語や朝鮮語に取り入れられた「漢語」にも、「入声」の「痕跡」を見ることができます。
ということで、日本語に残る「入声」の[p]の発音を「発掘」してみましょう。
「納」・「合」・「十」という漢字を使って考えてみます。
これらの字は、それぞれ「ノウ」・「ゴウ」・「ジュウ」と読みます。
確認してみましょう。
・納入(「ノウ」ニュウ)、納品(「ノウ」ヒン)
・合格「ゴウ」カク)、合同(「ゴウ」ドウ)
・十時「ジュウ」ジ)、十代(「ジュウ」ダイ)
これらは、なんの変哲もない普通の漢字の音読みのように思えますが、それぞれを「歴史的仮名遣い」を用いて表記すると:
・納→「ナフ」
・合→「ガフ」
・十→「ジフ」
になるのです。
ここで、「ハ行」は、以前「パ行」であった、ということを思い出しましょう。
古代の日本人は、「プ」という音を、「フ」と表記していたのです。
「納」・「合」・「十」の「読み仮名」は、それぞれ「ナフ」・「ガフ」・「ジフ」と書かれたわけですが、それらは「ナプ」・「ガプ」・「ジプ」と発音されていたということになります。
つまり、これらの語は、従来、末尾に[p]の発音を持っており、そのために「プ」という日本語の発音があてられ、ゆえに「フ」と表記されたわけです。
古代中国語では、それぞれ、[nap]・[gap]([kap])・[zip]という発音に近い音だったと考えられます。
ちなみに、「広東語」では、これらの字を以下のように発音します。
(中国語に存在する「声調」の表記を省きました。)
・「納」→[naap]
・「合」→ [hap]
・「十」→ [sap]
末尾に[p]の音があります。
「広東語」は、古代中国語の発音を、よく残しています。
「納」・「合」・「十」は、現代では「ノウ」・「ゴウ」・「ジュウ」と読まれ、「二重母音」の発音に組み込まれています。
そのために、もともと「入声」であったことがわかりづらくなっています。
しかし、これらが本来「入声」であったことを物語る現象があります。
それが、「促音化」です。
以下の熟語を見てみましょう。
・納豆「ノウ」(ナプ)→「ナッ」トウ
・合体「ゴウ」(ガプ)→「ガッ」タイ
・十階「ジュウ」(ジプ)→「ジュッ」カイ(「ジッ」カイ)
末尾の「ウ」(プ)が、「ッ」に変化する「促音化」が起こっていることがわかります。
これは、古代中国語の「入声」の「残余」なのです。
普段、意識しないで 使っている「表現」の中に、「言葉の歴史」が隠されています。
「面白い」と思うか、「だから、何?」と思うか、さて、みなさんはどちらなのでしょう。
今回の「シリーズ」では「音読み」について見てきました。
これについて書こうと思ったのは、最近の国語の授業で、「漢字の読み」について話す機会が多くなったからです。
学年の最初は、どの学年も「語句の知識」の単元があります。
各学年ともに、「漢字の成り立ち」や「漢字の音訓」、「熟語の組み立て」などについて学びます。
時間的な制約もありますので、授業では、それほど深く説明しないこともあります。
いろいろと知りたいかたは、過去に書いた以下の記事が役に立つと思います。
ぜひ、参考にしてしてください。
(ivy 松村)