近年の私立大学附属校の「志願傾向」は、慶應義塾高校の入試日の変更に大きな影響を受けました。
慶應義塾高校は、もともとは2月13日を試験日としていましたが、神奈川県立高校の試験日変更の余波を受けて、→2月12日に変更され、その後→2月10日となりました。
今、とっさにこれを「ケイオウギジュクの大移動」と名付けましたが、この「ケイオウギジュクの大移動」が、近年の他の私立附属校の男子の倍率の乱高下を引き起こしました。
数年前には、上位の私立附属校を狙う男子の受験生は、以下のような受験パターンを組むことができました。
2月1日 立教新座
2月7日 慶應志木1次
2月9日 早稲田大学本庄高等学院1次
2月10日 早稲田実業
2月11日 (慶應志木2次)or 早稲田大学高等学院
2月12日 明治大学付属明治 or 青山学院
2月13日 慶應義塾1次
2月14日 (早大本庄2次)
2月16日 (慶應義塾2次)
「慶應」は、他の高校の「併願校」になるのを嫌うので、慶應志木は早大学院の試験日にあたる2月11日に、2次試験をぶつけます。
そして、慶應義塾は国立附属校の試験日である2月13日にぶつけていたわけですが、私立附属志望の受験生にとっては、2月13日はむしろ都合がよかったといえます。
他の私立附属と競合しない日程だったからです。
慶應義塾の入試は、附属志望の受験生にとって、入試シリーズ最後の「ラスボス」に挑むという趣向があったわけです。
ところが、神奈川県の高校受験の事情によって、慶應義塾は2次試験の日程を前倒しする必要に迫られます。結果、慶應義塾の1次試験が2月12日に変更となります。
そのインパクトの直撃に見舞われたのが、明大明治、青山学院、そして明大中野といった2月12日を試験日とする私立附属校でした。
これらの高校は、一時的に応募者数を減少させます。
が、慶應義塾が平成29年度に再度試験日をスライドさせたことによって、応募者数を回復しました。
○過去4年の慶應義塾、明大中野、明大明治、青山学院の受験応募者数
|
|
31年 |
30年 |
29年 |
28年 |
|
|
慶應義塾 |
|
1336 |
1386 |
1164 |
1779 |
|
|
明大中野 |
|
1056 |
1026 |
1006 |
861 |
|
|
明大明治 |
男 |
462 |
463 |
456 |
275 |
|
|
青山学院 |
男 |
411 |
422 |
343 |
331 |
|
|
29年度から、明大中野と明大明治の応募者数が大きく増加しています。
ちょうど、明治大学の人気が上昇していることが話題となっていた時期でもあったので、2つの明治大学の付属校の応募者数の増加は、大学人気が高校受験に波及したものであるという分析も見られました。
しかし、この2校の応募者数が再び増加した直接の原因は、慶應義塾の入試日の変更であるといえます。慶應義塾との「競合状態」が解除されたために、再び応募者数を増やすことができたわけです。
明治付属の2校に対し、青山学院は応募者数が増加に転じるまで1年の「タイムラグ」があります。青山学院の応募者数が増加するのは、平成30年からです。慶應義塾が入試日をずらして2月12日を退いた翌年です。
これは、キリスト教プロテスタントの学校である青山学院の事情が関係しています。
平成29年は、青山学院の従来の試験日である2月12日が「日曜日」だったのです。
キリスト教の「教義」にもとづき、青山学院はこの年、「安息日」とされる日曜日の入試実施を避け、試験日を2月11日にずらしました。
そのため、慶應志木の2次、早大学院、明大八王子、中大高などの試験日と競合することになってしまったのです。
平成30年度になって、青山学院の試験日は従来の2月12日にもどります。
これによって、早慶の有力校との「競合状態」が解除され、ようやく応募者数が増加することになったわけです。
中学入試では、プロテスタント系の学校が日曜日を忌避して試験日をずらす措置をとることがよく知られています。いわゆる「サンデーショック」と呼ばれるものです。
高校入試でも、「同様の状況」が起こります。
特定の高校が試験日をずらすために、ある年だけ、特別な併願が可能となったり、逆に、併願が不可能となったりするわけです。
高校受験では、青山学院や明治学院の附属校、そして、国際基督教大学高校(ICU)。これらの高校が日曜日を避けて試験日を移動させる年は、「志願傾向」に変化がもたらされます。
本年度は、2月10日が日曜日でした。したがって、例年この日を試験日とするICUが日程をずらしました。本年度のICUの入試は2月10日ではなく、2月11日に実施されました。
後述する通り、本年度の高校入試は、ICUの試験日変更に少なくない影響を受けています。
ところで、平成29年度に青山高校が試験日を2月11日に移動させたことは、明治大学のもうひとつの付属校、明治大学中野八王子高校の「志願傾向」を翻弄させることになりました。
○過去4年の明治大学中野八王子高校(男子)の受験応募者数
|
|
31年 |
30年 |
29年 |
28年 |
|
|
明八 |
男 |
239 |
325 |
228 |
303 |
|
|
29年度に応募者数が減少し、30年度に増加、そして本年度31年度に減少していることがわかります。
まずは、「隔年現象」で説明できるでしょう。
そして、29年度の応募者数の減少は、青山学院が明八と同日の試験日である2月11日に移動してきたことも要因のひとつであるといえるでしょう。「お互い」が応募者を奪い合った結果、両校ともに応募者数を減少させたわけです。
30年度は、青学が試験日を2月12日に戻したために、明八の応募者は再び増加しました。
また同時期に、国立大学の「入試改革」の不透明さなどを要因として、私立附属の人気がにわかに高まったことも、「追い風」となりました。
明八をはじめ、いくつかの私立附属校は推薦入試の応募者を増加させました。
推薦入試は、「入学のしばり」をともなう受験です。
したがって、推薦入試の応募者の増加は、その高校に必ず入りたい、という「受験熱」の高まりを示しています。つまり、人気の上昇を示唆する「計測機」とみなすことができるわけです。
ただし、明八の場合は、少し特殊な事情も作用しています。明八の推薦入試の受験者は、不合格になっても、一般入試での「加点」が得られます。推薦入試の「基準」が比較的ゆるいわりに、一般入試での「メリット」は存外に大きいわけです。
推薦入試の応募者が急増したことによって、「加点」を持った一般入試の受験者の割合が高まりました。そのため、明八の昨年度の一般入試は、近年にない激戦となりました。
今年31年度は、前年の激戦ゆえに回避傾向が生じて、明八は応募者を減少させました。
そして、明八の本年度の応募者の減少には、他校の「試験日の移動」も影響していると考えられます。
すなわち、本年度は2月10日が日曜日となったことで、2月11日にICUとの競合が生じたわけです。今度は、明八とICUとの間で応募者の奪い合いが起きたのです。
東京と神奈川の入試日は、2月10日、11日、12日の3日間に集中しています。
私学の取り決めで、10日より前に試験日を設定することはできないので、10日に入試を行えないときには、試験日を11日に遅らせることになります。
また、12日に入試が行えないときには、試験日を11日に前倒しすることになります。13日では、国立附属高校の試験日と重なってしまいます。また、14日の神奈川県立高校の試験日、都立高校の志願変更日などとの兼ね合いから、試験日を「後ろ」にずらしてしまうと、受験者の試験日程を圧迫し、募集に影響が出てしまいます。
そのため、ある年の日曜日が、2月10日か12日に重なった場合に、11日に「例年にない競合」が生じてしまい、同日に試験を行う高校の募集が低調になってしまうことがあるわけです。
2月11日に試験日を設定している中央大学高校も、やはり明八と同様に、29年度に応募者数を減らし、翌年に増加するという推移をたどっています。
さて、話を戻して、慶應義塾ですが、平成29年度、試験日を2月10日に移動します。
この変遷によって、高校受験の「地図」がさらに塗り替えられることになりました。
「ケイオウギジュクの大移動」が、高校受験を激しく揺さぶったのです。
○過去5年の慶應義塾、早稲田実業、中央大学附属、中央大学杉並の受験応募者数
|
|
31年 |
30年 |
29年 |
28年 |
27年 |
|
慶應義塾高 |
|
1336 |
1386 |
1164 |
1779 |
1732 |
|
早稲田実業 |
男 |
691 |
538 |
660 |
996 |
1115 |
|
中央大附属 |
男 |
552 |
391 |
331 |
435 |
364 |
|
中央大杉並 |
男 |
552 |
465 |
481 |
530 |
536 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2月10日は例年、早稲田実業、中央大学附属、中央大学杉並などの試験日となっています。
平成29年度、慶應義塾が2月10日に「参戦」してきたために、試験日が競合するこれらの私立附属校は応募者数を減少させました。同時に、慶應義塾自身も、応募者を大幅に失いました。
特に大きな打撃を受けたのが早実でした。
27年度を基準として見ると、29年度は、約4割減です。翌30年度もさらに応募者数を減らし、3年で、応募者が半減しました。
今年31年度は、早実、中附、中杉が応募者数を伸ばしています。
もちろんこれは、直前の2年間の応募者数の低迷、ひいては倍率の低下に触発されたものです。
また、同時に、やはり「試験日の移動」という要因も考慮しなくてはなりません。
今年は、ICUが2月10日を回避しています。
そのため、2月10日にICUを受けるはずだった受験生は、「別の高校」に応募することになるわけです。
ICUと同ランクに位置づけられるMARCH附属校や、倍率の低下した早実への応募者が増加しました。
また、単純に私立附属高の人気が高まりから、これらの高校の応募者が増えました。
特に、推薦入試を受けやすい中附は、推薦入試の応募者を著しく増加させました。
ただし、注意しなければならないのは、「私立人気」は、現時点では「限定的な範囲」に留まっているという点です。
2月10日を試験日とする私立の進学校、つまり、「附属」ではない開成、桐朋などの応募者数に大きな変化は見られません。
また、東京東部の都立難関高校、日比谷、戸山、青山の男子の応募にも変化は見られません。
一方、西部の都立難関高校、八王子東、立川、西などは応募者数を減らしています。
したがって、東京都西部の、従来都立難関校を第一志望としていた「受験層」が、私立附属校へと流れていると考えられるわけです。
あとは、日大系の高校の動向も考慮する必要がありそうです。
現時点ではデータが乏しくてわかりませんが、「チャレンジ」をする受験生が増えているのかもしれません。
それから、近年は2月10日、11日、12日が「とっ散らかってしまった」ので、特に男子は「前受験」から入る王道の受験パターンを組む受験生が増えているように思います。
そのため、立教新座や慶應志木の応募者も増加傾向にあります。
この2、3年、明治大の付属校の応募者数の増加が目立ちました。一昨年は青学。本年は、中附と中杉。そして、去年と今年だけを見ると、早実の応募者数も増加しているわけです。
しかし、ここまで見てきたように、試験日の変更など、さまざまな要因が重なって「志願傾向」は変化します。
「相対的な分析」をしなければ、入試の実像をより鮮明に見ることはできません。
ところで、本稿で取り上げた私立大附属高校のうちのいくつかの学校は、この15年ほどの間に中等部の設置や共学化などの「改革」を行ってきました。
その度に、応募者数の増減、または倍率の上昇、下降が起こり、年度によって合格難易度に「ギャップ」が生じました。
しかし、傾向としては、私立大附属高校の受験は年々緩やかに敷居を下げ続けているといえます。
10年、20年のスパンで見ると、応募者数は減少しているからです。それにともない、倍率も低下傾向にあります。
例えば、慶應義塾の応募者数は平成22年度では2041人です。
したがって、当時と比較して本年度はおよそ700人もの応募者数を減らしています。
早大学院は、かなり古くなりますが、中学設置前の平成15年では2697人です。
したがって、当時と比較して本年度はおよそ1000人もの応募者数を減らしています。
中附も、中学設置前の平成15年の応募者数は男女合わせて1651人です。
したがって、当時と比較して本年度はおよそ800人もの応募者数を減らしています。
明大明治は平成20年度、共学化にともない男女合わせて1206人です。
したがって、当時と比較して本年度はおよそ400人もの応募者数を減らしています。
さらに、この10年ほどの間に都立の上位進学校の「復権」が進んだことで、学力上位層が都立に集まるようになりました。
昨年から今年にかけて私立附属校が応募者を増やしつつあるのは、その風向きが少し変わってきた、という部分もあるのだろうと思います。
これはセンター試験にかわる「新テスト」の導入など、大学受験に対する「不安要素」への懸念から、私立に「避難」する傾向が強まったためです。その中で、「私立志向」を高める直接の引き金となったのは、私立大学の「定員の厳格化」でした。
文部科学省から「指導」が入るまで、私立の大学受験において、ある意味で合格が「安売り」されていたわけです。
そのため、近年は、上位の学力層にとって早慶MARCHは「大学受験から入るのが最も容易である」という状況が生まれていたのです。
そういうわけで、都立に進学して大学受験を目指すほうが、より多くの可能性を残すことができると考えられたわけです。また、大学受験のほうが、いわゆる「コスパ」がいいという判断があったわけです。
「今の流れ」が続くようであれば、今後はおそらく、高校受験、なかでも推薦入試が見直されることになるのかもしれません。
ただ、「本線」の国立大学の入試制度改革が軟着陸しそうなので、まだちょっと読めない部分があります。
都立高校の場合は、 むしろ、東京都教育委員会に注視する必要があります。
教育庁は、中長期的には、都立高校を「スポイル」してしまうでしょう。
「都立高校改革」とか、あれ、無茶苦茶になりそうな予感しかしません。リリースなどを読んでみると気づきますが、「彼ら」は、大学進学実績とか、どうでもいいと思っています。
いずれにしろ、自校作を受けることを考えている生徒は、私立の上位附属校の受験を想定した勉強をしていくほうがよいと思います。
これは前々からこのブログでも述べてきたことですが、学力上位の生徒であればあるほど、都立と私立を切り分けて、どちらかだけに絞った受験勉強をしていくのはいろいろな意味で非合理だと思います。
ただ、結局「中途半端」になってしまうのも危険です。塾の先生などに相談しながら、より良い準備を進めていくようにしましょう。
(ivy 松村)