都立高校入試が目前に迫り、多くの受験生が理科・社会の対策に取り組んでいることでしょう。
国立大附属高校と一部の私立高校で入試科目に理科・社会があるところもありますが、ほとんどの私立高校入試は英語・国語・数学の3教科で行われます。
ですから、一般的に、私立高校の入試期間が終わるまでは3教科を集中的に勉強し、都立入試前の2週間弱で理社を「詰め込む」というような流れで、都立受験の準備をする受験生も多くいます。
この3、4年の間に、理社の重要性が叫ばれるようになってきました。
明らかに、理社が原因で、結果をつかむことができなかった受験生が増えてきたのでしょう。
問題も難化しています。
この時期、理社に関して、どのような取り組みをしたらよいのでしょうか。
これまでにどれだけの積み重ねをしてきたのかということと、必要な点数によって、対策の内容が変わってきます。
ほとんど「仕上がっている」人と「今から何とかする」人とでは、やるべき内容が違ってきます。
しかし、どういった場合でも、出題の方針や傾向、形式に合わせて対策を取るという受験の基本は変わりません。
社会の場合を考えてみましょう。
社会は「暗記教科」であるという間違った認識をしている塾の教師がたまにいます。
その認識は危険です。生徒が、その間違った固定観念のもとに学習をしてしまうと、本当に必要な力を逆に軽んじてしまい、学力を伸ばしていけなくなることも考えられます。
その認識の根本にあるのは、学校の定期テストです。
あるいは、私立大学入試における「世界史」などの問題のイメージを持っているのかもしれません。国公立大学の入試がわかっている人は、「暗記」で立ち向いはしないでしょう。
東京以外の道府県では、暗記による知識が点数に結びつくような出題をするところもあります。
しかし、いずれにしても、東京都立高校の社会の入試問題は、「暗記型」の出題はほとんどありません。
「社会科」の素養の中核をなすのは、詰め込まれた知識ではなくて、データや資料の内容を読み取る能力です。
数値や図画などの情報から、社会のありようや実像に迫り、それを記述する能力です。
経済学、法学、政治学、社会学…いずれも、データや資料の読み取りができなければ、まともな研究はできません。
情報化社会が進展するにしたがって、単純な暗記の能力の価値は低下しています。
情報端末を使って、知りたい事柄をすぐに手に入れられる時代になったからです。
今の時代に必要なのは、情報と情報をすり合わせて「新しい情報」を生み出したり、ある情報の中から価値のある内容を取り出したりする力です。
都立高校の入試問題の作成者はそのことをよく認識されています。
ですから、都立の社会の入試問題は、資料、表、地図、写真、図、グラフ、年表、などを扱った問題が数多く出題されるのです。
作問に対する是非というものはあると思います。
私も、どちらかというと「暗記」は必要であると思っています。
しかし、ともかく、都立高校の入試対策として、「暗記」をさせるのは効率が悪すぎます。
あるいは、覚える方法というか、方向性が間違っています。
もし、「一問一答」型の問題集などをやらされている受験生がいたら、ちょっと考えたほうがいいかもしれません。
(過去問を解いてみれば、効果がうすいことに気づくとは思いますが…。)
具体的に、都立の入試問題をみてみましょう。
平成24年度の大問4(歴史)の〔問2〕です。
「次のⅠの略年表は、鎌倉時代から江戸時代にかけての我が国の文化に関する主な出来事についてまとめたものである。Ⅱの文は、ある時期に絵画を学んで大成した人物について述べたものである。Ⅱの文で述べている人物が活躍していた時期に当てはまるのは、Ⅰの略年表中のア~エの時期のうちではどれか。」
Ⅰ
西暦 文化に関する主な出来事 | ||
1203 ●運慶らは宋の仏像を参考に「東大寺南大門金剛力士像」を制作した。 | ||
↑ | ||
ア | ||
1400 ●世阿弥は中国の芸能が基になった能についてまとめた「風姿花伝」を著した。 | ↓
↑ |
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イ | ||
1495 ●雪舟は宋や元、明の画風を取り入れ、「破墨山水図」を描いた。 | ↓
↑ |
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ウ | ||
1631 ●俵屋宗達は宋の画法を取り入れ、「源氏物語関屋澪標図屏風」を描いた。 | ↓
↑ |
|
エ | ||
↓ | ||
1831 ●葛飾北斎は西洋の画法を取り入れ、「富嶽三十六景」を描いた。 |
Ⅱ
狩野永徳は、祖父から大和絵と水墨画を融合させた新しい絵画の様式を学んで、独自の力強い画風を生み出し、城や寺院の襖や屏風に絢爛豪華な絵を多数描いた。
答えは「ウ」ですね。
狩野永徳は、安土桃山時代に活躍した画家で、『唐獅子図屏風』、『洛中洛外図屏風』などの代表作があります。
1467年「応仁の乱」…室町時代、足利義政
1543年「鉄砲伝来」…安土桃山時代
1600年「関ヶ原の戦い」3年後に江戸幕府
最低限の年号の知識によって、安土桃山時代が「ウ」であることを把握しなければなりません。
しかし、実は、「雪舟」の次世代の代表的な画家が「狩野永徳」であると知っていれば正解できます。
さて、今、私の手元にある一冊の中学社会の問題集には、以下のような問題が載っていました。
「雄と雌の唐獅子が歩く姿を描いた『唐獅子図屏風図』の作者はだれか。」
この問題集をこなそうとするならば、「狩野永徳」という言葉を覚え、記述しなければなりません。
もちろん、教科の知識として、あるいは教養、常識として、「狩野永徳」を知っていたほうが、良いことは間違いありません。しかし、今、「この時期」に暗記するべきことではないでしょう。
この問題は、都立の入試には、100パーセント出題されない形式です。
(都立の語句筆記問題には傾向があります。)
「狩野永徳」という知識は、別の形でインプットする必要があります。
都立の大問4(歴史)の選択問題には、時代区分とトピックを整合させる問題か、時代の流れを確認する問題が出ます。
ですから、トピック別に、発展や展開の流れを整理しておかなければなりません。
例えば、絵画の歴史であれば、以下のようになります。
平安時代 | 国風文化 | 大和絵 | (絵巻物) | - |
鎌倉時代 | 鎌倉文化 | 似絵 | (肖像画) | - |
室町時代 | 東山文化 | 水墨画 | (掛け軸) | 雪舟 |
安土桃山時代 | 桃山文化 | 障壁画 | (屏風、襖) | 狩野永徳 |
江戸時代 | 元禄文化 | (障壁画) | 〃 | 俵屋宗達、尾形光琳 |
〃 | 浮世絵 | (版画) | 菱川師宣 | |
化政文化 | (錦絵) | 〃 | 葛飾北斎、安藤広重 |
これらを、「暗記」する必要はありません。
これらのキーワードに反応して、「時代を特定する」という作業が求められているのです。
「狩野永徳」を答える準備をする必要はなくて、「狩野永徳」=「安土桃山時代」という特定ができればよいのです。
別の例をみてみましょう。平成10年度の都立入試問題です。
同じく大問4の〔問2〕です。
「江戸時代に活躍した人物について述べているのは、次のうちではどれか。」
ア 紀貫之は、国司の任期を終えて京都に帰り着くまでの旅のようすをかな文字を用いて日記に書いた。
イ 雪舟は、中国から帰国後、各地を旅して自然の風景を墨の濃さや薄さで巧みに表現し、水墨画を大成した。
ウ 行基は、仏教の教えを各地の人々に説くとともに、橋やかんがい用の池をつくるなど人々のために尽くした。
エ 松尾芭蕉は、各地を旅した体験や見聞をもとに紀行文を書くとともに、新しい作風の俳諧を生み出した。
都立の過去問を解くときには、一択問題であっても、全ての選択肢を特定させて解かなければなりません。
近年の傾向がわかっている塾の教師は、必ず、その指示を出すはずです。
上記の「絵画の歴史」をインプットしていれば、「雪舟」=「室町時代」であると特定できます。「イ」は室町時代なので、すぐさま、この選択肢を消すことができます。
残りのうち、「ア」と「エ」は「文学の歴史」で整理しておけば、それぞれ平安時代、江戸時代であると特定できます。
「ウ」の行基は、「奈良の大仏」との関連でおさえる人物です。
しかし知らなくても、「仏教」というトピックが、江戸時代には存在しないことに気づけば、消すことができるでしょう。
大問4は、常に「並べ替え問題」を意識して解かなければなりません。
ですから、もし、「行基」が奈良時代の僧だと知らない場合には、選択肢の記述内容から、時代を推察していきます。
平安、室町、江戸が出ているので、「エ」は奈良時代以前か、鎌倉時代、安土桃山時代ということになる
「仏教の教えを各地の人々に説く」→「まだ仏教が日本に根付いていない時代」である
鎌倉仏教の開祖の中に「行基」はいないし、鎌倉時代には仏教は日本に広まっていたと考えられるので、「ウ」は奈良時代以前となる
このように、都立の社会の入試問題は、「暗記」にもとづいた知識によって解答作業を行うのではなく、むしろ、広く浅い知識を関連させることで正答へと迫っていくという構造になっています。
もし、このような都立の問題構造を把握しないまま「一問一答」をやっている(あるいは、やらされている)受験生がいたら、取り組みを変えたほうが、効果的な受験対策になるでしょう。
(ivy 松村)